常にEXPLORERで居たいと思ってます。


by arumi-okano
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おもかげ

大好きで、途中離れたことはあっても、いつもいつも心では傍にいた、そんな彼が居ます。

その彼はもう会えない所に居るんですが、最近とあるCMを見るたびに、心が締め付けられます。

それは、ソフトバンクのCM。

目つきの悪いペルシャネコの姿かたちが、マイLOVEパールにそっくり!!なのです。

いや、好きすぎて、目がおかしくなってるからパールに見えるのかもしれない(汗)

とにかくアレ見るたびにきゅぅっとなるので、私は恋でもしてるんか?と錯覚に陥るほどです(笑)


そんな私みたいな猫好きにはたまらないであろう映画が、秋に公開されます。

『グーグーだって猫である』

これまた大好きな漫画家、大島弓子原作。

キャストも結構豪華、監督もあの!犬童監督となれば、見に行きたいことこの上ないのですが、果たして今の私に映画館に行く時間はあるのだろうか?といった感じです。

うーん、DVDまで待つかなぁ。。

猫だけに限らず、こちらから愛して愛して、でも一方通行気味だった恋はいつまでたっても面影が離れません。
心残りがあるからだろうなと思う反面、それ位でも良いのかもしれませんね。

だってずっと忘れずに居れるからね。
それは苦しくもあり、でも贅沢な感情なのかもしれないなぁ、と、三十路を過ぎた私は思ったり。

しかし、ソフトバンクの白猫ちゃんズは可愛いぞ。
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by arumi-okano | 2008-06-22 00:08 | 大好きなあなたへ

君を愛してる

久々に書く日記が、重苦しいものになることをお許しください。

秋葉原連続殺傷事件について。

加害者は25歳なので、もう親の責任を離れてるとは思うんですけど、この事件の核に「親の期待を叶えようと頑張った少年の成れの果て」が見えるんです。

ある関連記事で、
『親が厳格に育てれば成績はあがるが、異常にプライドの高い人間になる。いったんマイナス思考に陥ると修正がききにくい』
とありました。

自分の経験上、かなり納得しました。

でも、世の中の厳格に育てられた人間みんなが事件を起こしてることはないんですよね。

多分、彼に足りなくて、切望していたものは「愛」だったんじゃないと思います。

「愛」

色んな愛がありますけど、彼はきっと『誰でも良いから愛して欲しかった』んじゃないかと。

ほんとはね、親の愛が一番なんです。
でも親も親で、子供の求める愛を与えてあげるスキルがない親もいるわけで。

彼の携帯サイトの書き込みに「彼女さえいればこんなことにはならなかった」みたいな一文があるんですね。
唯一無二、自分を愛してくれる(存在を認めてくれる)人が欲しかったんだな、と。

私は、18~20歳の時に付き合った彼氏に、親からもらえなかった愛を教えてもらいました。
私が必要としていたのは、「ただずっと傍に居る」という愛。
それこそ、私は彼にとんでもなくひどいことを言ったし、色んなことをやりました。
彼も私と別れたかったと思います。
でも、彼は他の人よりもかなりお人よしだったんですね。
ムカつくヤツ(私のことです)だけど、悲しみの深さ、その寒さ痛さを感じて、しょうがないな、と諦めて一緒に居てくれたんです。
それこそ最後の一年位は、彼氏彼女ではなくて、親子のような距離間だったんじゃないかな?

あの2年があったから、私は地に足がついた生活をおくれるようになりました。
それまでの20年間、私はずっと風船のようにフワフワ浮かんでるような、世の中をTVの中の出来事のような不確かさを、ずっと感じていました。


彼の行動、言動、全て子供じみてる、自分に酔いしれてるなと思います。
それは、大人になれていないんでしょう。
自分を認めていないんでしょう。
大人になるって、歳が一定に達するとかじゃなくって、自分という人間を様々な方向から見つめ、現実を受け止め、認める作業なんじゃないかと思うんです。
だから10歳の大人もいれば、80歳の子供も居るんじゃないかなと思います。

親が思い描いた自分になれなかった自分。
希望=親、親に認められることこそ生きてるってことだった少年は、親に見離されたら自分には、生きてる価値を見出せなかったんだと思います。
親は子供を見捨てないと思うんですが…。
(教育熱心な方ほどよけい)
弟さんが居たということですが、親の指導や関心(彼にはそれが愛だと思ってた)が弟に向けられてしまって、捨てられたと被害妄想を起こしてしまったんでしょうね。

彼女さえいればこんな事には・・・といいますが、彼女も人間で完璧ではありません。
彼にもし彼女が居たら、DVを起こしそうな思考回路です。
自分以外の誰かに頼るのは、とてもリスキーだということが、もっと一般的な考えになれば良いのに・・・とおもいます。

ともあれ、ほんの少しだけでも、事件を食い止めるきっかけがあったらよかったのに・・・と思います。
恋人じゃなくても、彼の深い所まで入って、彼を愛してあげれる人が居たら…。
すごい、かしこい、と褒めてあげるんじゃなくって、彼が居る(存在する)だけで笑ってくれるような人が居たら、こんな凄惨な事件は起こらなかったんじゃないかなと思います。
それは『恋人』じゃなくても良かったわけで。
世の中の物語やゲームは、自分を認めてくれる存在を「恋愛」で描きますよね。
私もその空想を信じて、唯一無二の存在を恋人に求めました。
でも、恋人がそれをやってくれれば良いけど、それが叶わないこともあります。
恋人じゃなくても、彼が自分を認めることができる愛を見せれる人が居たら良かったのに…。

「君を愛してる」
お子さんでも、お友達でも、ご家族でも、どうか機会があるなら、ちゃんと言葉にして、伝えてあげて欲しいと思います。
もしもお子さんに「そんなん口だけやろ!」と反論されたら、あとはもう黙って傍に居るということが「愛」なんじゃないでしょうか?
傍に居る、という行為は、「きみを愛してる」という言葉よりも効果的に愛を伝える事がある、と思っています。

犯罪をなくすためにも、誰かが誰かを愛するという行動が、もっともっと沢山増えれば良いのにな、と思います。

犠牲者の方のご冥福を祈るとともに、その家族の痛みや苦しみが、少しでも癒されることを祈っております。
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by arumi-okano | 2008-06-11 17:52 | 日常日記